曲紹介

ストラヴィンスキー(1882年 - 1971年)/サーカス・ポルカ

サーカス・ポルカ」は、ストラヴィンスキーが、友人の振付家バランシンの求めにより作曲したバレエ音楽です。
ただし、踊るのは、50頭の象!

1941年の暮れ、アメリカの有名なサーカス団から、バランシンに「50頭の象が踊るポルカ」という風変わりな企画が持ち込まれました。バランシンはすぐにストラヴィンスキーに作曲を依頼しました。ストラヴィンスキーは「若い象のためなら喜んで書くよ」と答えたそうです。こうして、1942年4月9日にニューヨークで、50頭の象と50人のバレリーナによるバレエが上演されました。この企画は大変好評で、その後各地で42回も公演されました。
この曲は、象のバレエだけあって、低音楽器が大活躍します(なんと、コントラバスのソロまであります)。終結部にはシューベルトの「軍隊行進曲」が引用されて、50頭の象の華やかな群舞となります。わずか5分ほどの曲ですが、50頭の象がチュチュをつけて踊るさまを想像しながら、お楽しみいただければ幸いです。
なお、この「象のバレエ」の公演と、それまでのいきさつが、米国のレダ・シューバート(Leda Schubert)さんの絵本「象のバレエ」(Ballet of the Elephants)で紹介されています。実際の公演の写真も掲載されています。 ( アマゾンへのリンク

ストラヴィンスキー(1882年 - 1971年)/ディベルティメント

ストラヴィンスキーと言えばバレエ音楽。「ディヴェルティメント」も4場からなるバレエ「妖精の口づけ」の音楽を組曲にしたものです。
幼い頃に雪の精の口づけを受けた男の子が20年後青年になり村祭りで婚約者と踊っているところに、雪の精が再び現れます。雪の精が青年を誘惑し2度目の口づけをすると、青年はこの世から雪の国へと連れ去られてしまうというお話です。
1曲目は吹雪の中、母親と一緒に歩いている少年の前に雪の精が現れる第1場の音楽、2曲目は第2場の村祭りでのスイスの踊りの音楽、3曲目と4曲目は第3場からの音楽で、水車小屋のほとりで雪の精と婚約者が青年を連れ去ったり連れ戻したりと目まぐるしく展開していきます。
組曲には結末の第4場の音楽は登場せず、第3場で婚約者が青年を一旦連れ戻したときの盛り上がった音楽で終わります。
チャイコフスキーの没後35周年にあたる1928年に公演されるバレエの委嘱として作曲されたこの作品は、その偉業を称える意味合いで様々な作品が引用されています。もちろん、ストラヴィンスキーらしい変拍子を用いた大胆なリズムや、モダンな響きも登場します。バレエの詳細は字数の関係で随分割愛していますが、それをよいことに舞台上でのシーン、踊りを自由に想像しつつお楽しみください。

ドヴォジャーク(1841年 - 1904年)/交響曲第4番ニ短調Op.13, B.41

1873年の秋、ドヴォジャークはかつてのピアノの教え子、アンナ・チェルマーコヴァーと結婚しました。その2年前に劇場オーケストラのヴィオラ奏者の職を辞していた彼は、これを機にいよいよ作曲家として自立する覚悟を決めていました。そんな彼が翌1874年に作曲したのが交響曲第4番です。彼はこの曲で(当時チェコを治めていた)オーストリアの奨学金を見事射止め、生活の安定と世に出るきっかけの両方を得ました。
 この曲の第3楽章は、完成後すぐにスメタナの指揮で初演されましたが、全曲の初演はそれから18年後の1892年まで行われませんでした。その間に世界的な名声を得ていた彼は、プラハでの全曲初演を自ら指揮した半年後に、チェコ民族の期待を背負って「新世界」アメリカへと旅立ちます。
 第1楽章はコントラバスの厳かな斉奏で始まる三拍子の曲で、激しさと優美さを感じさせるメロディが楽器や調性を変えつつ交互に現れます。第2楽章には、当時彼が傾倒していたワーグナーの影響が強く感じられ、暖かみのある管楽器のコラールが、ハープも加わって何度も変奏されます。第3楽章は彼の出世作となった「スラブ舞曲」風の曲で、急速で激しい主部と愛らしいトリオとの対照がとても魅力的です。第4楽章はアップテンポな民謡風のメロディが優美な副主題と交互に繰り返され、最後は速度を増して輝かしく終わります。

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